真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

好きなものにまっすぐ手をのばそう!

久しぶりにブティックが並ぶ大きなお店に買い物に行った。

 

だいたい私は何か欲しい物があって買い物に行っても、見ているうちに特別欲しくもなくなって、「や~めた!」って何も買わずに帰ってきてしまうことが多い。

でもまあ、いろんなものを見て歩くのは楽しいし、こんな服を着てこんな街を歩いたらこんな感じかな~?なんていろいろ想像するだけで満足したりする。

 

・・・で、今回はあれとこれが入って、こんな服やあんな服にも合って、このくらいの値段のバッグが欲しいな~と思って出かけたのだけど、しばらく見て、なかなか条件に合うものが見つからず、いつものように、「やっぱいいや~」となって帰ろうとした。

・・・と、そのとき、ふと高い棚の上に並んでいるバッグと目が合った。それは思い描いていたものとはちょっと違う形だったので、無視して帰ろうとしたんだけど、その子がなにやら訴えかけてくる。「待ってえ~待ってえ~!」みたいに。なんだか気になる。ちょっとうろうろその辺を一周してまた帰ろうとすると・・・また目が合う。「ちょっと待って~!」なんか必死でアピールしてくる。(気がする)

とうとう誘惑に負けて思わず手に取ってしまった。なんだかわくわくする。そうしたら、店員さんがやってきて、「それ、いいでしょう?おススメですよ。」と・・・そして、「今日は2点で10パーセントオフですよ。」と。

ここで、いつもなら、「あ、いいです。見てただけなんで・・・」と言って逃げ帰る私なんだけど、

「あ、じゃあ、ちょっと他も見ていいですか?」と店内をもう一周。そしたら、買う予定のなかったシャツさんと目が合ってしまって・・・結局そのシャツとバッグ2点で10パーセントオフで、しかも「会員登録すると更に10パーセントオフになりますよ。」と言われ、これまたいつもなら面倒くさがってやらないくせに、「じゃあ・・・」と会員登録して、お会計したら、「え??そんなに安くなるの?ラッキー!」となりました。(*´σー`)

 

いつも財布のひもが固くて店員さんのお誘いにも「その手には乗らないよ~」と頑なな私なのに、きのうはその手にのっちゃって、しかもいいお買い物ができちゃった!

帰ってきてからそのバッグとシャツを飾って眺めて、たまには思い切って買っちゃうのもいいもんだな~!と大満足。

 

そして・・・今週は高速バスに乗って都会にお出かけ。何年ぶりかな・・・?しかも、この子たち(きのう買ったバッグとシャツね)といっしょ!ますますわくわくするな~(≧▽≦)

 

note.mu

欲しい、という感覚はとても面白い。わたしたちは手に入ったときに自分がどう感じるのかが想像できるもの、が欲しい。それがないものを本当には欲しいとは思えない。つまりそれは、手に入った時の感覚をすでに知っているものしか欲しいと思わない、ということだ。
手に入ったらどう感じるのかわからないもの、手に入ってもなにも感じないだろうと思えるものは、当たり前だが欲しくはならない。

 

手に入ったらこういう感じがするだろう!うわー欲しいなあ!と思うというときというのは、つまりはもう手に入った感覚を知っているのだ。

 

はて、ここで疑問が出てこないだろうか。欲しいものを手に入れた感じを、手に入れる前から味わえるのなら・・・・?そう、実際に手に入れなくてもいいのである!!手に入った感じをこんなにリアルに知ってるんだし、こんなに味わえるんだし、だったらこれはもうあると同じだわ、ということ。で、そう思うと手に入ってしまうという、宇宙の法則にあるあるな、皮肉なやつである。

 

でもここで、感情や感覚を感じることに蓋をしているという場合には、本当に欲しいものなのに「どんな感じがするか」を感じられず、そのために手に入れられない、ということが起こってしまう。

これは由々しきことではないだろうか?普段、たとえば嫌な気持ちや悲しい気持ち、悔しい気持ちや相手の気持を想像することなどに蓋をしていると、感情が閉じて想像力が乏しくなり、それが欲しいものを手に入れるのに邪魔になってしまうだなんて。

 

 つい最近までよくあった買い物での失敗談。

それは、服やバッグを買うにも、目的があって、そのための条件を先にずら~っと決めてあって、それに合わせて判定して、最も条件に合うものを買ったはいいけど、いまいち手にした時のわくわく感がない。結局気に入らずに使わない。というもの。

そもそも自分が欲しいか欲しくないか?とか、それを気に入っているか、気に入っていないか?とか、そういう感覚を無視していたんだな。

さんまさんが店に入ったときに無意識に手に取るものがそのとき欲しいものだと言っているのを聞いたことがあるけど、そんな直感みたいなものは自分にはまるでなくて、頭でばかり考えて計算して、それなのに結局気に入らなくて失敗して・・・ということが多かったなあ~。

逆になんか気になるものがあっても、それは今日買う予定じゃないとか、いろんな条件に合わないとかいう理由で無視しちゃうこともあった。それが、自分の直感に蓋をしていたということか~。自分がどう感じるかとかいうことはまるで無視していたんだな~。

 

あと、たまった服を処分しようとするとき、最初は思い切って断捨離してすっきりするぞ~!とやる気満々なのに、結局いろいろ考えすぎてなかなか捨てられない。もったいないとか、まだ着れるとか、普段は着なくても、作業や寝る時なら・・・とか考え出しちゃう。そして、いつまでも捨てられない服を見るたびに気が重くなる。

そんなときは「手に取ってみて、わくわくするかしないかで決めるといい。」と聞いたことがある。そうだよな。いくらもったいなくても、それを溜め込んですっきりしないストレスをため込んでいるだなんて。ここでも自分の感情や感覚を無視してたんだな~。

 

ところで話は変わって・・・

ここからは、壇珠さんの体験をもとに、強く思い描いていることが現実になるという不思議なお話が展開する。そして・・・

 

リアルな想像は、その想像を本当に現実にしてしまうから、取扱い注意である。そう考えてもいいし、予言や予感のようなものと思っていても面白いと思う。想像力の威力というのは、本当にとんでもないのだ。

 

これはとてもいいこともあるけど、ちょっと私怖いんです。(;'∀')

まさに取扱注意!!

ときどき嫌な予感がしたり、嫌な想像をしてしまうときがある。そんなときは慌てて頭を30回くらい振る。あれはなんなのかな?悪霊が近くをうろちょろするときなのかな?

でも大丈夫!頭を思い切り振ったら、取りあえずお気に入りの想像をしたり、好きな本を読んだり、好きな歌を聴いたり歌ったり、好きな景色を見たりする。目からも耳からも好きなものをいっぱい入れて、頭の中も好きなものでいっぱいにする。それでいつのまにか忘れる。それでもダメなときは、「おりゃああああ~!!!」っと想像力を働かせて悪霊を退治する!

 

というわけで今日は、欲しいものがある人は想像力を開いてみないか!そのためには感情や感覚を思う存分感じようぞ!というお誘いであった。

 

そう、自分の感情や感覚にはよく耳をすませよう。ときどき他のことに捉われると、いつのまにかそこに蓋をしてしまっていることがあるから。

そして、好きなものにはまっすぐに手をのばそう!

 

 

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