煩悩は自然なことで悪じゃない。唯一の悪は、自力的な執着。
仏法でいう悪っていうのは、
執着のこと。
そしてそれに気づいていないこと。
執着というのは、
「これはこうあるべき!」っていうふうに、
物事を固定して、
それを押し通そうとすること。
本当は、絶対的に
「こうあるべき!」なんて
固定できることはなにもない。
あるとしたら、それは
思い込みにすぎない。
そのことに気づかないから、
ぶつかり合ったり、
怒りや不満が生じたりする。
真理というのは無常。
姿形をかえて常に流れている。
固定した時点で真理ではなくなる。
そこに生まれる煩悩は、
人にとって自然なこと。
それを倫理的に、
「これはこうでなければならない!」と
固定して、規制して、強制するような、
一切の自力的執着、そしてそれに気づいていないことが、
仏法にとっては悪なんだな。
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