真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

自分の正しさを主張して認められたいと、偉そうな顔をして論争する人は・・・?

 論争に負けると怒り悲しみ口惜しがることになる

~パスーラの経より②~

825-2

この人達はひとといい争うことが好きで 

集まりの中へ入ってゆき

互いに反対して相手を愚かなものと見なし

自分はほめられたいと思って 

如何にも道理の解ったような顔をしてものをいい

他人と対立しながらただいい争っている

 

826-3

人の集まりの中でいい争うことになったものは

ほめられることを望んで 

敗けないようにと心を砕くが

その甲斐もなく 相手に押し切られると 

口惜しさに堪えられず

自分も人の弱点を探しているのに 

相手が自分の間違いを衝いたことを怒る

 

827-4

いい争うのを裁く人達が 

あなたのいうことには欠陥がある

だからあなたの方の敗けだというと 

その論争に敗けたひとは 泣き悲しんで 

「あの人が自分を敗かしたのだ」と口惜しがる

 

争うのが好きな人たちは、

どうしても自分が正しいことを

相手に証明しようとして向かっていく。

 

いかにもわかったような顔をして

偉そうにものを言う。

 

そんな人どうしは、

自分がどれだけわかっているか、

相手がどれだけ愚か者かを、

お互い主張し合う。

 

そして、お互いに相手の弱点を探す。

 

自分の正しさを証明するために、

あれこれと手をつくしたのに、

言い負かされてしまうと、

口惜しさが爆発して怒り出す。

 

泣いて負け惜しみを言って、

相手を恨む。

 

「わたしはそんなバカなことはしないよ。」と

すましている人だって、

心の中では争っていたりする。

 

「あ~あの人、あんなこと言っちゃって、全然わかってないな~」とか、

「こんなこともわかっていないなんて、バカだな~」とか思ったりする。

 

「それに比べてこのわたしはなんて賢いんだろう。」と

得意になってうぬぼれている。

 

得意そうな顔をして、

みんなにほめられるのを待っている。

 

とにかく、争っている人たちは・・・というより、

人間というものは

必ずどこかに、

「わたしの言うことが正しい」

「わたしの言う通りにすればいいのに・・・」という

支配欲を隠しもっているんだな。

 

 

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