真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

光に出会う。光になる。

 強い執着が湧いたときというのは、それに対してニュートラルになるチャンスなのだと思う!

 

今私は、この言葉の意味を噛みしめている。

 

人間は執着する生き物なんだな。

 

何かに取りつかれる。何かにすがりつく。何かに夢中になる。何かが欲しくてたまらなくなる。

 

でもそこから苦しみが生じたりする。苦しみが限界まで達して壁にぶつかると、そのパワーは思いがけない方向へ跳ね返ったりする。

 

人も人生もこの世界も、そうやって結局は調和へと向かっていくのかな?とも思ったりする。

 

今日の壇珠(ミユ)さんの記事はとてつもなく美しい。

 

note.mu

 

生きようとしない人は光の世界を闇だと言う。
生きようとする人には、闇の世界からも光が届く。

 

弱い自分にもできること、ダメだからこそできることを、いじけないで一生懸命にしよう。小さなケーキやろうそく包みのように、つたなくとも心のこもったものを書こう。
あなたがもし弱き人ならば、我らは弱きまま、どんどん動こう、愛そう、元気を出そう!弱きもののひかりを、たずさえて・・・・

 

闇の世界にいる自分に光が届けられると、自分も闇の世界からでも、光を届けたいと思う。

弱い自分にもできることを、ダメだからこそできることを、いじけないで一生懸命にしようって心の底から思う。

そのために生きたっていいと思える。それはすばらしいことに思える。

そう思えることは、この上ない幸せなことかもしれないな。

 

 

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