真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

人と人とがその欲望に振り回されて対立している世界を超えたところに自由はある。

我慢するんじゃなくて、もっと高次な快感を知ることで、執着から抜け出せる。

サーリプッタの経より⑯~ 

974-20 

又更に世の中には五つの汚れがある

深くものを考える人は

それを除くことを学ばねばならないー

即ち形と声とそして又味と

香りと触れることとであって

それらのものに向かう貪りを捨てねばならない

 

975-21 

思いも深く 

よく心の自由を得た修行者は 

これらの五つのものに対する強い欲求を離れ 

時を外さず 

物事を正しく考え抜き 

心を集中して暗黒を払い去ってゆくに違いない

  -と世尊はいわれたー

 

 いよいよ、校長先生(お釈迦様)最後のお話です。

 

まず、私たちが捉われるものを、

五つの汚れと言われる。

 

見るもの、聞くもの、味わうもの、嗅ぐもの、触るもの、

この五つの感覚器官によって与えられる快感。

 

これに人は振り回される。

 

この五つの快感なしには生活できないから。

 

この五つの快感への執着はしぶとい。

 

でも、それに振り回されている限りは、

世間に縛られて自由を得ることはできない。

 

我慢してもだめ。

 

それを超えた、高次の快感を知ることで、

この執着から抜け出すことができる。

 

そのことを知ること。

自覚すること。

 

世間の事物、事件、事柄、物事が、

人の欲求と人の欲求とが、

絡み合って起こっているということに気づくこと。

 

その自覚・認識以外にこれを超えることはできない。

 

それを超えたところには、

不可思議な、無限な、一なる真理の世界が広がっている。

 

気づかない人は、

そんなすばらしい世界が

すぐそこにあることなんて、

思いも及ばない。

 

そこには、

ただ讃嘆するだけの、

自由な世界が広がっているなんて、

夢にも思わない。

 

心の自由を得た修行者は、

人と人とが対立している、

この五感による欲望の世界から解き放たれて、

真理の認識によって、目を覚まし、

このすばらしい自由の世界で、

清々しい空気を胸いっぱいに吸って、

すべてを楽しむことができる。

 

そうおっしゃるのですね?

 

教頭先生(サーリプッタ)と生徒たち、

どんなに励まされたことでしょう! 

 

これは、校長先生(お釈迦さま)の大発見ですね!!!

 

それは確かにあること。

 

目の前にいらっしゃる校長先生によって、

実証されていること。

 

そのお言葉は、

どんなに力強く響いたことでしょう?!

 

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