自分の説に夢中になって、のぼせ上っている、私たち人間の哀れな姿。
妄想する狂人の姿に自分では全く気付かない
~小さい堆積の経より⑧~
891-14
『これ以外の教を説く人は
清らかでもなく完全でもない』と
異説を称える人達は一般にそういうのである
何故なら彼等は自分の説の正しさに夢中になり
のぼせ上っているからである
892-15
『ここにこそ清らかさがある』と説いて
他の教の中には 清らかさがないというー
このように異説を称える人達は
すべて執着して
自分自身の道をしっかりつかまえて論じている
自分の説の正しさに執着して、
もう頭がそれだけになって、
なんとかそれをみんなに認めさせようと夢中になる。
そんな自分が誰よりも素晴らしい、
誰よりも偉いと内心思っている。
完全にのぼせ上っている。
どうしてみんなわからないのかと人々を蔑む。
そんな自分の姿に、
その妄想する狂人の姿に、
自分では全く気付かない。
そこにはひとかけらの真理もないのに、
自分こそが真理をつかんでいると思い込んでいる。
それが私たち人間。
その哀れな姿を指摘される。
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