真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

自分の考えが一番だという人たちが起こす論争の矛盾

「考え」という枠をはずしてしまえば無限の真理の世界が広がる

~大きい堆積の経より⑥~

903-9

「ある人のこれこそ『最高だ』とする教を 

反対するものが『詰まらない』といい

こうしてみなで自分のこそ正しいというのであれば

一体これらの中で 

どれが真理を説いているのでしょうか

 

904-10

自分の教は完全であるといい 

外の教は反対に詰まらぬといって

このように自分に執着していい争い 

夫々にありきたりの俗説を真理としています」

 

905-11

「もしもひとに詰まらぬといわれただけで 

もう劣ったものになるのであれば

どこにも優れた教など一つもないことになる

何故なら夫々の人は 

自分のものはしっかり摑まえて論じながら

外の教は詰まらぬと 

互いにいい合っているからである

 

906-12

彼等は自分でゆきついた境地に感激しながら 

自分の信奉する教を無上のものとしている

そこで一切の教はみな真実だということになる

何故ならそれらの教は 

それを信奉する人達にとっては夫々清らかなものだからである

 

いろいろな立場の人が、それぞれに、

自分の行き着いた考えこそが一番で、

他の考えは劣っていると主張する。

 

ここに矛盾が生じる。

 

真理の一部を切り取って、

それぞれ人間のせまい考えに押し込んで、

これこそが最上だと言い争っているだけ。

 

その考えという枠をはずしてしまえば、

そこには無限の真理の世界が広がる。

 

みんなでそれを仰ぐしかなくなる。

 

そこにみんなで融け合ってしまえば、

きっと争いなんてどこかへいっちゃうんだな。

 

そんな、考えを捨てて、

直観のみとなった自在の姿が次のガーターで語られる。

 

  

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