真の人と出会って心の解放へ

心の解放へと導いてくれる真の人(本)との出会いの記録。(毎田周一「釈尊にまのあたり」他 聖徳太子・親鸞・宮沢賢治・・・生きてる人も)

知識・学問・徳行・思想では清らかにはなれない

すべて払い捨てたところに・・・

~清らかさの八つの経より③~

いよいよ清らかな人の姿が浮き彫りに・・・

790-3

道に達した人は 他のことを 

即ち知識とか学問とか徳行とか思想とかを

清らかであるとはいわない

そうして善いことにも悪いことにも染まらず

この世で何かを作り出そうとせず 

既に身についているものをみな払い捨ててしまう

 

真理を生きる人は、

生命の真理の働きそのものを

清らかだと言われる。

 

他のこと・・・知識・学問・徳行・思想

これらを清らかとは言わない。

 

善を誇ったり

悪を恐れたりもせず、

 

この世で

何かことを起こそうともしない。

 

身についているものを

みんな払い捨ててしまう。

 

じゃあ、一体何をして生きるんだろう?

なんにもしないってこと?

 

知識によって、

学問によって、

徳行によって、

思想によって、

すること・・・

 

いいことだからすること、

悪いことだからしないこと、

 

世の中のために

なにかしようと思ってすること。

 

それは、本当に

純な生命の働きと言えるのかと。

 

生命以外の外部からくる

「こうすべきだ」っていう

枠みたいなものに

自分をはめ込んで、

 

見せかけの清らかさに

酔っているだけじゃないかということかな。

 

そういうものをすべて払い捨てたところに、

現れてくるのが、

本当の清らかな生命の働きなんだな。

 

 

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